みつろうさんの今日の記事。
めちゃめちゃ素晴らしいこと書いてくださってますし
さすがみつろうさんはこうでなくっちゃ、と思いましたし
情報を提供してくださった方々にも頭が下がりますし
勇気づけられた方々もたくさんおられるので、
この記事が世に出て本当に良かったなと思います。
もちろん心からそう思いますよ。
思いますが、、、
重たい。。(あくまで個人の感想です)
相対的に、そうた君の発言と比べたら、やっぱり重たい。
どちらが良いとか悪いとかの問題ではなくて、エネルギー的に、ただ重たいってだけのことです。
じゃあ、何で、どこら辺が具体的に重たくなってるのかと考えてたんですが。
そもそもコロナって、悪ではないんです。
最初から、それ自体はどこまでもニュートラルなものです。
みつろうさんの発言が、重たくなっている。
でもみつろうさんがなぜこれを書いたかと言えば、
メディアのフィルターを介さず、実際にコロナに罹患した方々の生の声を直接拾ったから。
それらの方々の声も、重たい。
でも罹ってから重たくなったわけであって、
それ以前は、そうではなかった。
となると、コロナを重たくしている発端は、罹ってない人たちのコロナへの恐怖心だなって。
罹ってない人たちが、罹った人たちへ差別をしているのだから。
そもそもコロナをネガティブなものと認知させて拡散しているのは
メディアを含め、罹ってない人たちの偏見ですよね。
わたしたちがコロナに対して何の偏見も持たなければ
例えば、インフルエンザにでも罹ったと思っていれば
コロナに罹った人たちもそこまで酷い差別もされず、インフルエンザと同じ対応で済んだはず。
分離意識の弊害が、やはりこういう時に浮き彫りになるのだなあと。
社会が混乱しているように見えるけど
実際に現実を混乱させているのは、やはり自分の内側だけだなって。
何が重要で、何がどうでもいいか、という判別がしっかりできている人は
社会がどれだけ混乱していようと、その人の内側は混乱していない。
確かに、今の時期は風邪ひとつひいてしまうことすらおっかない状況なわけです。
うちの会社でも、罹ってしまうと最後、会社のフロア全部、もしくは会社が全封鎖という措置を取るということが
全従業員に対して周知されましたので。
考えてみれば従業員のみならず、会社に出入りしている関係者や守衛などの外部の方に感染が発覚しても、
同様の措置を取るわけですから、
そりゃ個人にのしかかるプレッシャーといったらハンパないわけで、誰もが戦々恐々となるわけです。
今の段階で言えば、全国的に見ても、「誰が罹ってもおかしくない」という所になってるので
そこまでみんなが萎縮するような対応…自分たちで自分の首を締めるが如くの措置を取るってのは
どう考えても、誰もが損するだけじゃないですかね?
会社自体が対応を緩めたとしても、その会社をライバル視している会社が揚げ足を取りにかかるだろうし
そんな風に、お互いがお互いを監視するような状況って、すなわち自分を苦しめることになるんだけどなあ。
なんかもう、いい加減、そういう面倒臭いところに気付こうぜー って思います。
社会が本当に変わる時、
それは、一人一人がその心の奥底にある、「根拠のない恐怖心」に気づいた時じゃないかな。
ちなみに、な話ですが。
うちの会社はテナントとしてオフィスビルの数階を借りてますが、
高層ビルなので、高層階・中層階・低層階というように、エレベーターが3つに分かれていて
うちの会社があるのは中層階なんですけど、
すでに1ヶ月以上前に、高層階で1人の感染者が出たとの発表があり、
さらにこないだ、低層階でも感染者が出たとの報告がありました。
前述した通り、それぞれの階層でエレベーターが分かれているので、
各階層以外での濃厚接触ということは確率的に低いので
うちの会社がある中層階は特段の措置は取らず、という対応になったのですが。
会社自体は、現在完全在宅勤務を基本体制としてますが
わたしは職種上、月の半分は出社なければいけない状況なので
完全に出社できない状況になってしまうと、業務にものすごく支障をきたし
「何もできねー!仕事がただただ山積みになっていくだけだー」
っていう超過酷な状況になるんですが、
それを「なぜか中層階ではまだ感染者が出ていない」という首の皮一枚でギリギリ避けられているということと、
フロアの数少ない出社されている方々、
そしてそのご家族や近しい方々とそのお勤め先の方々、そのまたご家族…
もちろんわたしの家族と、その勤務先の従業員の方々と、そのまたご家族と近親者…
といった繋がりに至るまで、
まだ「コロナに感染していない」または「コロナと認定されていない」という状況なわけで、
それはそれは、もう、そこまで行ってしまうと、何かの見えない力によって、
わたしだけのみならず、そこまでを含めて丸ごと「完全に護ってもらってるな」と
思わざるを得ないのです。
コロナ騒動になる前はもちろん、コロナになってからも幾度か神社に行かせて祈願させてもらってますけど
仮に、そこまで丸ごと護ってくださってるのならば
こういう時に氏神様や産土神様の御神威って、無限に発揮されるのかも、なんて思いました。
要するに、感謝ってめちゃくちゃ大事だなと。
でも、神社に行ってる人が罹って、行ってない人が罹らない、という話ではなくて
罹る・罹らないに関係なく、その状況が感謝すべき状況になるかどうか、という部分が大事だと思います。
もっと言えば、感謝するべき状況を見つけられるかどうか、という所に辿り着く。
あらゆるすべての人に、等しく無限の可能性は与えられているから。
それに気づけるかどうかというのは、
どれだけ潜在意識の中にネガティブなフィルターがあるか、
ポジティブなフィルターがあるか、というだけのことになる。
どれだけネガティブな状況になっていようと、ポジティブな視点しか持っていなければ
状況はポジティブなものにどんどん変わっていく。
そうなると、それだけ、感謝する時間が増える。
感謝している時間が増えれば増えるほど、ますます「勝手に」現実が良いものに変わっていく。
見えない部分(神様など)のサポートが入りやすくなるから。
長くなってしまいましたけど、こうして突き詰めて考えてると、
やっぱり自分の内側が、どういう風に現実を見ているか、というだけの違いになるのだなと思いました。
感謝していれば、感謝の現実になるんですね。
現実がどれだけ混乱して見えていたとしても、
現実の創造は、それだけシンプルな構造になっている。
わたしもさっそく「麻黄湯」買いましたよー
万が一のために、準備は怠らず。
神頼みって言うけど、「人事を尽くして天命を待つ」がまずありきであって、
やれることはやらなきゃ、おんぶに抱っこじゃあダメってのは、人も神様も同じですもんね。
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