おのころ心平さんのブログ、、、(ちなみに写真の福岡伸一さんは母娘ともにファンです)
本当に、頷きます。
文中の、一言一句に頷きます。
「負けない」って、コロナに対してのテレビでよく聞くフレーズなんですけど
聞くたびにすんごい違和感ありまくりでした。
「負けない」って言うのは、そもそも「戦ってる最中」って意識のもとの表現ですけど
何で、戦わないといけないんですかね?
人間の方が勝ってる(優ってる)とでもいうのですかね?
「戦う」という表現は、ものすごく「男性性的」な表現だわー
「狩猟」が生活の中心であった、「デッド・オア・アライブ的」原始時代な考え方。
、、いつの時代よ。
そんで、わたしのセラピーの先生は武術の大師範でもあられるのですが
おのころさんも文中に書いておられるように
癒しとは、ちょっと合気道に似ていて、相手の方向性を最大限利用し、
少し、あいの手を入れながら、その方向性を変えてゆく、そういうやり方の方がうまくいく。
決して、相手を否定せず、むしろ相手の特徴を生かして害のない別のものに作り替えてゆく。
セラピーの先生も、武術の理論をヒーリングに応用してるだけなので
やってることはまったく一緒なんだそうです。
=潜在意識を緩ませること
自分と相手を分離したものと捉えるのではなく、相手も自分も同一だと認識すること
なんですって。
だから、相手が自分(わたし)を攻撃してきたとしても、
すでに相手は、目の前の相手(わたし)は、相手じゃなくて「=自分」と同一になってるから
攻撃できない。(文字で書くとややこしい…)
簡単にいうと、自分で自分を攻撃できないってのと一緒ですね。
それをコロナに置き換えていえば、
「新型コロナと共生していく」もしくは、「すでに共生していた」と認識すべきじゃないですかね?
スピリチュアル的に言うと、
この世界のすべては自分の内側の投影なのだから、
新型コロナだってすでに自分の内側に内包していたものです。(それをみんなで共同創造している)
それを今更、分離した「自分以外のもの」という認識で、騒ぎ、まして敵対視するのって
やっぱりその方が宇宙の真理からズレとる。
敵対視すればするほど、それは「敵」として強大になるだけですよ。
それより、そのものを自分の中に受け容れる。取り込む。
(←女性性的・または母性の考え方であり、これからの時代に合いますよね)
すべてを受け容れて、「そもそも自分の中にはすべてがある」と認識し(思い出し)て
自分の内側の可能性を広げる。
コロナを「乗り越える」というのなら、それしかないと思うでよ。
ここからは個人の思想に基づいた話になりますので、一切の同意は求めませんが
「コロナ」は人類の進化の過程においてのトリガーにしか過ぎなくて
コロナ自体は、まったくのニュートラルなものだと思います。
ただ、「新型」であることで、フィジカルマインドに「脅威」であることと認識させて
それによって「ネガティブ」へシフトするのか
「ポジティブ」へシフトするのか
その選択を、人類の集合意識の同意の元において
個人個人へ問いかけるトリガーにしているんじゃないかなと。
コロナをトリガーにせずともすでに覚醒している人たちは
「やっとその時が来たかー」って感じだろうし
眠りの選択をした人たちにとっては
「コロナ」というゲートをくぐり、さらなるアトラクションでずっと楽しみたい人たちなんだろうなあと思う。
なんか最近は、コロナに対して「絶対に罹らない」「予防しよう」というスタンスじゃなくて
「"罹ってもいい"というスタンスでいた方がいい」っていう意見が出始めてますが
わたしもその方が健全じゃないかなと思います。
分離意識というサバイバルモードを続けていると、すごいエネルギーを消耗する。
(=宇宙という無限のエネルギーソースから切り離されてるから)
そして、結果的に意識しているそのものを引き寄せて体験させられる。
じゃなくて、
「準備万端、やれることはやった。あとはすべてを天に任せて。いつでもかかって来いや〜!」
っていう状態でいると
案外、やってこなかったりする。
「あれ?準備万全だったのに、意外と何事もなかったな…」みたいな結果になる。
そういうもんなのです。
コロナって、本当にいろんなことを思考・想像させてくれる存在ですね。
やっぱり全然「悪」じゃないわ。
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