自分なりの選択の基準

最近のヘビロテ。

まっちんさんのおやつシリーズ。パッケージデザインにもほっこり。


原材料を見ると、添加物なし、国産の厳選された材料だけで作られているから安心して食べられる。

こういうのって、ふつうのスーパーではなかなか手に入りにくい。地元には皆無だから、大阪で買ってます。


スーパーは、仕入れのコストだとか流通の利便性などが重視されるからこういうのが売られてないのかなあ?


一般的なスーパーで売られているスナック菓子に比べたらお値段はそれなりに割高だけど、

「どこでどう調達された材料で作られているのか不明瞭」な材料で大量生産されたものを食べるよりはるかに安心できると、個人的には思います。



遺伝子組換えの農作物だって、発ガン性などの危険度が高いと言われているにも関わらず

原料の5%未満なら表示義務はないと聞くし(どんな規定だよとツッコミたくもなる)

例えばコーンスターチなども、元々はトウモロコシから作られていて遺伝子組換え作物に該当するのに

原材料には「コーンスターチ」としか書かれてないから、消費者は気づけないし、知らない人が大多数だろうし

それを気にし始めると、外食なんかできなくなる。


小麦粉にだって大手の製粉メーカーは海外から大量輸入した農薬がたくさん使われているものを売っているし

食の安全なんて政府にすべてを任せていたら身を守れないなと思う。

だからなるべく大手のメーカーのものは買わないようにして、オーガニックショップで買うようにしてます。



大量生産・大量消費な状態が当たり前になっていて、そこに疑問すら湧かない状態って異常だと思うのだけど


表面的な便利さの恩恵はあるものの、

その弊害って、あらゆる面において、巡り巡って確実に自分たちを苦しめているんだけどなあ。


「便利である」「大量にある」ということが短絡的で先細りであることにそろそろみんな気づいてもいいと思う。



何を選べばいいのか迷ったとき、わたしは「愛か」「愛じゃないか」で選ぶようにしてます。

もっと言えば、愛の割合が高いか、低いか。


分離意識が具象化されたものか、それとも統合意識が具現化されたものか。

ピラミッド型の搾取的なものであるか、それともコミュニティをベースにして調和を重んじているものか。

資本主義的なものであるか、持続可能型のものであるか。


すべてにおいて出来るわけじゃないけど、そういう自分なりの一つ一つの基準を持っていることで

自ずとどれを選べばいいのかが見えてくるんじゃないかなと。


愛は、排他的でもないし、調和しかないから

分離意識ゆえの、奪うとか誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて偽物だから


いろんな選択肢があるんだよ、もっとお互いを思いやると自分を大事にすることに繋がるんだよって

自分はそういうスタンスでいることで、周りの人に伝わっていけばいいなと思います。





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maachan

宇宙の法則実践中の若輩者です。

趣味で焼き菓子を作ったり、アナログイラスト描いてます。

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