なんか、、、こういうところにも「分離意識」が強く反映されてるなあと思う。
誰かに聞かなきゃわからない。(=自分では答えがわからない)
誰かが答えを知っている。(=自分は答えを知らない)
この人(存在)に聞けば分かるだろう。(=思考が限定されている)
行動するには、自分以外の誰かの許可が必要だ。(=自分軸ではなく他人軸で生きている)
全然自分のポテンシャルを信用してないじゃないか。
本当なら、どんな人であろうと自分で正しい答えを知っているはずなのに。
魂がちゃんとシグナルを送ってくれるから。
例えば、自分自身が神社の神さまだったとして、
わざわざ足を運んでくれる参拝者に対して、どう思うだろうか?
「生理中の女性は絶対に来るな」だなんて、
自分が八百万の神さまだったとしたら、そう思う?
、、いや、思わんよね!
ちょっと考えたら分かるじゃーーん!
そんな排他的な志向の存在が神さまだったら、日本の神さまってどうなの!?って思うっしょ、、、
そんなものを神さまと呼べるだろうか?
そんな排他的な態度の存在を身近に感じれるだろうか?
どこまで分離意識を強く持ってるんだ現代人は。
神さまと人間の距離を離して分離意識を強めてるのは、他でもない人間の方じゃないか。
例えば、「自分自身が、自分が理想とする、あの憧れの神さまだったとしたら」って考えたとき。
その神さまの立ち振る舞い、考え方、人への接し方、そこへ想像を巡らせたとき。
ああ、なんて優しいんだ、なんて慈愛に溢れているんだ、なんて光輝いてるんだと
感動したとしたら。
つまりそれは、
自分自身の中にある本当の魂の状態を見ている、ということ。
本来の自分自身を見ている。
要するに、神さまという建前を使って、実際は本当の自分の姿を見ている、ってこと。
だから、誰もが神さまなんだよね。
もうそこは早いとこ知ろうよ〜って思う。
自分はなんでもないただの人間だ、生まれてきてすみません、だなんて超古い考え方や思い込みは
さっさと捨てちまえよ。
全部知ってるんだから。
何でもできるんだから。
答えはちゃんと初めから知ってるんだから。
知らないフリをしてるだけなんだから。
この世にいるすべての人は、みんな神さまであり、別の姿かたちをした自分自身なんだ。
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