さっき書いた産土神社の神域は、鳥居をくぐった境内ももちろんそうなのだけど、
小高い丘の上にある神社だからなのか、
その一帯がなんとなく御祭神の神威が行き届いてる感じがする。
分かりやすいのが、その丘の裾野に流れる「川」を境目に区切られている感覚があって、
その川の橋を「渡る前・渡った後」の感覚がはっきりと違う気がする。
(この感覚は、今年になってから何となくわかるようになってきた)
渡った後の感覚が、顕著に「(人生が)いまいちパッとしない」という空気がいきなり蔓延する。
みんなが共通に潜在意識に抱えている「なんか、パッとしないわ」という意識が、
空気一帯に蔓延してるというか、、、
そういう無意識の領域の共通意識をただ漫然と浴び続けていれば、
そりゃみんなの人生もいつのまにか「パッとしない」人生になってしまうなあって。
そんなことを感じた帰り道。
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