今週の気づき

今週のセラピーの施術中に気づいたこと。


これ(物・お金などの物質的なもの)があればわたしは幸せ
ではなく
わたしが幸せだからこれを手に入れる
という順番だった!


てことに気づきました。


今まで比率の多くを支配していた「無い(欠乏感)」から

「ある(充足感)」がそれを上回った、まさに転換の瞬間だった。



今まで外側の物質的なものに幸せの基準を置いていた。

そうじゃなかった。

まったく勘違いしていた。

頭では理解していたけど、肚(潜在意識)まで落ちてなかった。


頭で理解しているのと潜在意識まで理解を落とすのって次元が全然違うのね、、



わたしが幸せだということが何より大事であり、物質的な豊かさは2の次だった



そんなことに気づけないくらい、薄っす〜いベールみたいな幕が視界に被さっていて

そのフィルターを通した目で世界(現実)を見ていたから


「欲しいものが手に入らないわたしは幸せじゃない」


なんて恐ろしい勘違いを、今までずっと無意識の中に刷り込んでいたんだって

恐ろしいくらいにまったく気づけなかった。

それくらいに薄い幕によって視界が覆われていた。


そりゃ、そんなフィルターを通して世界を見れば

「なんでわたしは手に入らないんだ」

「持ってないわたしは不幸だ」

なんて現実が、そっくりそのまま世界に映し出されますわな。



ちなみに昨日ブログに載せたデニムは、「わたしが幸せだから買う」という意識の順番で買いました。



現在の世の中って、お金=幸せ という具合に結び付けられていて

お金が幸せと直結していて

"お金があればあるほど豊かであり幸せである"とされている。


でも本来は、幸せとお金ってまったく関係ないものなんですよね。

(さとうみつろうさんの『神おしゃ』参照)

(現在また読み返しているところで

 2015年の秋に出会った本で、当時からバイブルで何度も読み返してるけど

 また一層理解が深まっている感じです)



確かに、お金があれば欲しいものがいくらでも手に入って楽しいかもしれないけど

それは、終わりが無いマラソンをスタートするようなもので

手に入れても手に入れても、欲しいものが次から次へと出てきてしまい


他の人が持ってるからわたしも買わなきゃとか

新しいものが出たから手に入れなきゃとか

値段が低いから価値が低いとか


手に入らなければ、何で手に入らないんだと憤ったりイライラしたり

時に人を羨んだりして


「永遠に外側の物質的なものに左右されコントロールされて生きていきます宣言」

を、宇宙に対して行っているのと同じことになる。



外側の世界が、自分の内側を現す鏡なんだから

鏡に映ったものに対してどうこうしようと悪戦苦闘し続けるのって滑稽だし

ものすごい労力を注ぐだけで、鏡に映った方を変えようとしたって徒労だし

その労力に見合った結果が得られないことだってあるし

冷静になって考えれば、そりゃそうだわって思えるんだけど


それが気づかないくらいの薄いフィルターともなれば

現実がなんかグレーに見えてしまって、それが当たり前になるから

気づくことすらできなくなるのだなあと。


たとえ目の前に答えがパッと現れたとしても

受け取る側にその意識がなければ、情報が勝手にフィルタリングされて

情報が見えないし受け取れなくなるのね。



どんよりした曇り空を見て


「心がどんよりする」


としか思えないのって本当に寂しい、、、

それは自分の心がどんよりしているから、そう見えるだけのことなのよね。



同じ曇り空を見ても


「雲の上には素晴らしい空がある」とか

「曇りだって雨だって幸せなわたしには関係ないから」とか


そんな風にポジティブに思えたらいいけど。

そう思えるようになりたいのなら、自分の内側にあるフィルターを剥がさなきゃいけない。



今現在、たぶん上の人たち(ハイヤーセルフとかガイドさんたちとか)が

その気づきをフィジカルマインドが本当に落とし込んでいるかどうか、試されている気がする。。


トラップ?みたいな「ほんまにちゃんと理解できてるか小テスト」がちらほらやってきてるから。。


手放すべき不要な観念がやっとここで表に出てきたってことですけどね。

それだけレベルアップできてるってことだからまずは喜ばないとだ。





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maachan

宇宙の法則実践中の若輩者です。

趣味で焼き菓子を作ったり、アナログイラスト描いてます。

nichinichi kore koujitsu

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