こんにちは〜
超スローペースな更新ですけど、覗きに来てくださってありがとうございます。
おかげさまでコロちゃんにも罹らず、相変わらず生きてますよー
体調面では、先月1日から始めた「グルテンフリー」生活、まる1か月経って、ほんの少しずつ、微妙〜な変化ではあるけども、
確実に1カ月前よりは改善されておるのでは、という気がする。
ほんとに一番具合が悪いときは、
・朝起きると腸のあたりが気持ち悪い、
・お風呂入ってるとだんだん気持ち悪くなる、
・ご飯食べるとお腹下る、
・そこまで下してはないけど常に下しているようにお腹がしんどい
・頻繁に軽い腸炎になる、
・慢性的に疲れやすい・すぐ横になりたくなる、
・休みの日はだいたい調子崩す、、、
、、って、自分で書いてて悲しくなるわ、、汗
そういった一連の不定愁訴が、小麦全般の食品を取り除くことによって徐々に改善していってるとなると、
やはり小麦グルテンの仕業だったのか、、、?(ちなみに念のため麦茶も飲まないようになったし、ご飯に混ぜて炊いていた「もち麦」も止めました。涙)
一般的な町医者にかかったとしても、毎度毎度、整腸剤を処方されるだけで
「もしかすると『小麦が原因かもですね』とか『リーキーガット症候群かもですね』だの『セリアック病の疑いも』」なんて、
そこまで症状について言及してくれませんよね、、自分で調べていくしかない。
ちなみにわたしの場合は、リーキーガット症候群かな?と見当つけてますが。症状が近いから。
テニスのジョコビッチ選手はセリアック病だったとかで。
いろいろ調べていくと知らなかったことが次々と発覚するもんですね。
本当に悪いのは、小麦というよりも、大量生産できて儲けにつながりやすいように品種改良を繰り返してきた人間のエゴが、
結果的に後々の自分たちを脅かしているのだ、という事実ですね。
もともと昔ながらの自然な形で小麦を育成していれば、グルテンが腸に悪影響を及ぼすこともなかったようです。
とは言いつつ、いやもう、思い込みの力ってすごいもので、
あれだけン十年間愛してやまなかった焼き菓子やらパンだのサンドイッチだのケーキだの、
もはや見るだけで「うわ…腸が炎症起こす…」と思ってしまうようになってもた。
愛と憎しみは紙一重よね。(まあ憎んではないんですが)
小麦製品を食べなくなると、食事のバリエーションが激烈に少なくなるので、
食べるものが偏ってきて、飽きるのが早くなるのが難点。
同じお店数件を毎日ぐるぐる回っている日々。(自炊しろよ、というツッコミはスルー)
生活面では、先月の記事で「初めて裁判所へ行った」と書いた件、
裁判所へ行かねばならない理由が、そもそもある日突然届いた一通の通達がことの発端だったのですが
まあなんせ家族一同、驚くわ狼狽えるわで、狼狽えるのってだいたいお金が絡むもんなんですけど、
不明瞭な点が多すぎるし、全貌が見えなさすぎると、多くの人は必要以上に不安に駆られるもんなので
さすがに「これは放っておいたらガチでヤベエ」ってなって、
弁護士に相談しようものなら十数万円の出費になるらしく(兄は仕事上で関わりのある弁護士さんへ一括で丸投げしてた。金で何でも解決するタイプ)
兄が弁護士に頼ることでわたしは追加料金だけで済むということだったらしいけど、
それでも数万円の手数料がかかるってことで、
とりあえできるところまで自分の手で、足で、頭で、やれるだけやってみよう、弁護士は最後の砦ということにして
その一環として裁判所へ行かねばならん状況になったわけです。
そして、約1カ月半くらいかかって、多方面に渡っていろいろと自分で調べたり問い合わせたり取り寄せたりして、
どうにか「後は書類を届け出るだけだ」という最終段階になったとき、
このタイミングに来て、これまた「これが宇宙の計らいか、どんでん返しか」と思わざるを得ないほどの
鮮やかと言えばいいのか、泡のように儚いと表現すればいいのか、
はたまた朝霧が朝日とともにスッと消えゆくようだったと言えばいいのか、、
大問題だと思っていたことが、「そんな解決の仕方ってある…!?」と、椅子からずり落ちるくらいの拍子抜けする幕引きとなったのでした、、、
量子的・パラレルリアリティ的に説明するとなると、
自分で動いた結果、問題がほぼ「解決する」という段階にまで達したとき
わたしの潜在意識が「解決したな」と認識したことによって
「解決した」リアリティに移行したから、ということなのだと思う。
通達が届いた時点で、わたしが動揺せずに最初から「コレは解決できるな」と確信できていれば
わたしが動いた物理的距離や時間やお金も一切かけることなく、爆速の最短距離で同じような結果が出ていたのかもしれない。(いわゆるスキップ)
宇宙を完璧に信頼していれば、大問題であろうと、大どんでん返しなんてお茶の子さいさいなんですね。
家族みんなも「そんな結果になる可能性なんて、ただの1%も無いだろうと、もはや思いつくことすらなかった」くらいの可能性だったから。
だから、パーセンテージなんてものはあてにならんし、可能性の視野が、人間の視点と宇宙視点とではとんでもなく乖離しているということなんですね。
でも、普段絶対に経験できないようなことをいろいろと知ることができたので、
人生スキル的な筋力は確実にアップしたな、と。
これもハイヤーセルフの采配だったのかしら、、、
最近の写真が無いので1カ月くらい前の著者載せときます。。汗
0コメント